2008年03月26日

自己中心を直す

まずは自己中心とは何かを探ってみました。

自分自身を物事の中心と定義し、世の中の全てを解釈する事。またはそのような考えを元に他人の事を考慮しない行動をする者の事。
幼児期の心理特性。自分を基準にして、世界を解釈する。自分を客観視する事や、自分とは異なる価値観がある事を理解するのは、困難である。
1の発展した解釈で、利己的な意味で使われるが、本来の意味からすると誤りである。利己的とは、自分と異なる価値観がある事を理解できていて、その上で他人より自己の利益や主張を優先するという点で異なる。
最近では「自分勝手」「傍若無人」という語より、よく使われている。


周囲の人間を無視あるいは軽視するなど、いわゆる「我儘(わがまま)」などの意味で使う場合は、利己的を含めた意味で使用されることが多い。一般的に「自己中(ジコチュー)」と略され、流行語ではカタカナ表記される。


自分が歩くと、月が後ろからついて来る。
なぜ自分だけが特別ではないのか。
俺がこれほど欲しいのだから、あいつが欲しくないわけがない。
私は偉いんだから、皆が言う事を聞くのは当然。
要するに「自分を中心に世界が回っている」といった考え方の事である。これは3のように、幼少期の人間には普通に見られる特性である。こういった幼児的心理特性は社会的成熟と共に解消していくのが普通だが、成人してもこのような特性の傾向を残す者は心理的な成長が見られない者と見なされるばかりか、社会性が欠如した者として扱われ、1および2の意味での自己中心として、周囲から非難される。このような自己中心の性質を特に指す場合は、「自己中心的」と言う。

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2008年01月31日

「本」の誕生


こんなこと習っていなかったよ。
教えてもらえなかったこと知ると少し得した気分ですね。


羊皮紙を使用し、現在の本の概念となったものを最初に完成させ、伝えたのは、6世紀初めにベネディクトゥスがイタリアに設けた修道院の修道士たちであった。修道士は斜面の写台の前に座り25cm×45cmの羊皮紙を半分に折り、鵞ペンで各種インクを用いて聖句を写した。羊皮紙4枚ごとに咽に皮ひもを通し、それらを重ねて1冊にすると紐で山になった背ぐるみに皮を被せて表紙とした。またその表面から小口をかけて金具を打ったり、表紙に宝石をはめたりして装丁の美を競った。

紙本の登場
羊皮紙よりも軽くて扱いやすい紙の発明は本の歴史にとって画期的であったが、実際に西洋で紙が羊皮紙に変わるようになるのは印刷術の発明以降であり、東西での紙の使用は10世紀以上の開きがある。 15世紀半ばにドイツのヨハネス・グーテンベルクが金属による可動性の活字を使い、ブドウ絞り機を利用した印刷機を操作して印刷術を興してから本は全く面目を改めることになる。 1455年以降グーテンベルクによって印刷された『グーテンベルク聖書』などによって印刷技術の意義が示されたことで印刷術は全欧州に広がり飛躍的な発展を遂げることとなった。


和書の歴史
日本で作られた本、いわゆる和書の歴史は、洋書の歴史とは異なり、いきなり紙の本から始まる。日本書紀によれば610年に朝鮮の僧曇徴が中国の製紙術を日本に伝えたと言われ、現在残っている最古の本は7世紀初めの聖徳太子の自筆といわれる法華義疏であるとされている。また、奈良時代の本の遺品は数千点にのぼり、1000年以上昔の紙の本がこれほど多数残されているのは世界に例が無い。また、日本では製紙法の改良により、楮、三椏などですいた優れた紙の本が生まれている事も特筆すべき点である。

印刷術に関しては、8世紀に現存するものでは世界最古の印刷物である百万塔陀羅尼が発行されたが、平安時代には経文や文学作品を上質の和紙の上に美しい筆遣いで書き写す手法がとられ、印刷に関しては長く後を絶つようになる。平安時代末から鎌倉時代には中国の影響で木版印刷が広く行われるようになり、主に仏教関連の書籍が寺院から刊行された。また慶長年間には勅命により日本最初の木製活字本が現れ、「古文考経」「日本書紀神代巻」などのいわゆる慶長勅版本が刊行された。一方1590年にはアレッサンドロ・ヴァリニャーノによってグーテンベルクの活版印刷術がもたらされ、キリシタン版数種が誕生したが、キリスト教禁止などの影響により技術が途絶えた。

現在の日本の活字印刷の基礎を築いたのは本木昌造で、幕末の1852年に鉛活字を用いて「蘭和通弁」を刷り、明治になって今日の号数活字の制定など活字印刷の緒をつけた。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年12月20日

ワーキングプア問題

難しいですよね。
経済についてもっと勉強したいと思います。

アメリカなどにおいては、就業していることから失業問題ではなく、賃金水準が低く、また技能の向上や職業上の地位の向上の可能性が低いことから労働問題として捉えられている。ワーキングプア増大の背景には1980年代以降の欧米で導入された新自由主義政策の影響が大きいとされ、「働けば働くほど支出が増えて貧しくなる状態」とも言える。

日本では、自由競争と市場原理を重んじる竹中平蔵を起用した小泉純一郎政権によってアメリカ型新自由主義経済政策が本格的に導入され、安倍晋三政権に引き継がれた。新自由主義とは弱肉強食の理論であり、構造的に強者と弱者の二極化を促進させ格差社会を生み出す。深夜のコンビニ業に代表される過酷かつ低賃金の非正社員の労働人口は増加の一途を辿る。

新自由主義的な経済政策を推し進めていた国際通貨基金も、“新自由主義的経済政策の推進は理論的にも実践的にも誤りだった”と2005年に認めている。

規模
ワーキングプアにあたる所得の世帯数は、日本全国で2002年700万ほど、2007年1100万と推定され、2006年以降、社会問題として採り上げられるようになった。統計としては、総務省の就業構造基本調査が数字の根拠となる。これに基づいて(推計的に)試算すると、ワーキングプアの量は次のとおり[1]と言われている。

1997年 514万世帯 14.4%
2002年 656万世帯 18.7%
民間企業で働く労働者の平均年収は1998年以降右肩下がりに推移しており、2006年の平均年収は435万円と9年連続で減少した。年収1000万を突破している世帯は近年増加傾向にあるものの、年収200万円以下の労働者は2006年には1985年以来21年ぶりに1000万人を突破しており、日本の労働人口3100万人に対し、実に1/3がワーキングプアと言う計算になり、格差、貧困問題はきわめて深刻な状態といえる。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年09月15日

岸和田だんじり祭り 

お祭りの中で一度は見てみたいのが、ねぶた祭り、祇園祭、そしてだんじり祭りです。だんじりの通り道にある商店の軒先なんかは、毎年見事に破壊されてますが、住民の皆さんはもう慣れっこのようですよね。実際見た方に聞いたのですが、だんじりの全力疾走を間近で見る迫力は、凄い恐怖だそうです。

『参照記事』

勇壮さで知られる「岸和田だんじり祭」が15日、大阪府岸和田市でだんじり35台が参加して始まった。

 岸和田地区では、53年ぶりに新規参入する南上町を含め22台が午前6時ごろから各町のだんじり小屋から曳(ひ)き出された。午前の曳行(えいこう)では、南海岸和田駅前やカンカン場など見せ場で、約4トンのだんじりを全力疾走のまま曳いて直角に曲がる「やりまわし」を各町が披露、沿道を埋めた見物客から盛んな拍手と歓声が上がった。駅前でのパレードは午後1時15分から。

 13台参加の春木地区は、午前9時半からパレードが行われた。

 両地区ともこの日午後7時から10時まで、灯入れ曳行。16日は午前中に宮入りがある。祭礼日は昨年、130年ぶりに日程変更され、土日曜日の開催になったが、昨年同様2日間で60万人程度の見物客が見込まれている